きゅー太の原点・二人の師匠

私が初めて他人とシール交換をしたのは、以前書いたかもしれませんが、
地元のミニコミ誌で「交換相手募集」の記事を出していた人とでした。
時期としては既にスーパービックリマンも終わっていた頃で、
当時の私はシールコレクターと呼ぶにはとても未熟な存在。
そのくせ思い上がりが強く、調子に乗ってどんどんシールを放出しちゃって
アイス版エルサM2枚をPMFG1枚と交換したこともあったりしました。
(当時はシールの入手しやすさに格差があること自体わかってなかった…)

実はその相手の人とは、数年後に直接会う機会がありました。
というのも、その人は実は同人さんでして、
イベントの場で見覚えのある名前があるなーと思ったら…という展開。
あちら側がこっちに気づいてたかどうかはわかりませんし、
こちらも特に声をかけたりもしなかったので結局それっきり。

その人からはシール交換のマナーリストの作り方などを学びましたし、
今こうしてビックリマン収集の道に立っているのもその人のお陰。
そうでなければ、私にとってビックリマンは「過去のもの」でしたでしょうし、
2000が出るまで再燃することも無かったかもしれません。
そういう意味でも、私にとって師匠と呼べる人だったのかもしれません。


さて、その人のあと個人情報誌を介してある関東の人と知り合いになりました。
その人がかなり(当時の感覚で)レベルの高いコレクターだったこともあって、
郵便を通じて実に有意義な交換を何度もしていただきました。
情報交換も活発で、レアなシールのコピー画像を送ってもらったこともあったり…。
時には「(こっちがもらうシールは)手に入ったときでいいから」ということで、
出世払いみたいな形でレアなシールを譲ってもらったこともありました。
実際、その人からはホロのヘッドロココを初めとして
何枚ものシールを「借り」というカタチで交換していただいたのです。

しかしその人との交流もいつのまにか途絶えてしまい、
そのまま現在に至っておりまして…。

ぶっちゃけ、借りたままになっているシールがまだ手元にあるのですよ。

それなのに、今となっては住所はおろかフルネームすらわからない状況。
今でもコレクションを続けているのかどうかもわからないのですが、
この人もまた私の師匠とも言える人なだけに、未だに心残りになっています。

でももしかしたら、ネット上でよく知っている人がその人だったりするかも?
お互いにネット上では本名は見えませんからね…。

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