反後博士の”空白の12年”

反後四郎氏がロッテの法務部門から異動してビックリマンの商品企画に加わったのは
1979年のシリーズ2代目「ウッシッシール」からだそうです。
そこから企画の中心メンバーになり数々のシリーズを立ち上げて苦労を重ね、
1985年「悪魔VS天使シール」をスタートさせ、反後博士と呼ばれるようになりました。
こちらは31弾で終了に至るわけですが、そのあとの博士はというと…。

「スーパービックリマン」が始まったのはまだ旧シリーズが続いていた1991年頃で、
当初博士はスーパーの方は監修程度で設定やストーリーには関わっていなさそうでした。
それはシール裏書を読めばすぐわかるのですが、旧シリーズとはまるで異なり
パロディやおふざけ感の強い内容でしたので、別の方が主導していたと考えられます。
その後、4弾ぐらいの時期に博士が本格的に介入して立て直しを図ったようでした。
漫画やアニメが始まると同時にストーリーが確立されてきた頃ですかね。
まあ、このあたりの話も状況証拠ばかりなのでほぼ憶測ですけど

で、1993年頃にスーパービックリマンが10弾で終了したわけですけど、
そこから2005年「20th Anniversary」まで、12年間博士はどこで何をしていたんでしょう?

ビックリマンチョコとしては「超念写探偵団」「運の王様」なんかをやりつつ、
1999年にロッテの荘司和雄氏「ビックリマン2000」を立ち上げたわけですが
反後博士がそこらへんに関わっていた様子はまるで無いんですよね。

ところが当時、まことしやかに噂されていたことがありまして。

反後博士は「ロッテワールド東京」の計画に加わっているらしい、と。

…ロッテワールドと言えば韓国のソウルにあるテーマパークが有名です。
しかし1990年代、東京にもロッテワールドを建設しようという計画がありました。
この計画自体は東京都の公的資料にも情報が残っている事実です。
2003年の開業を目指していたとされていましたが、ディズニーシーとの競合などのため
計画が凍結されたと言われています。
現在は「ロッテ葛西ゴルフ」というゴルフ練習場がある一帯がその候補地だったとか。


参考:Wikipedia
参考:(仮称)ロッテワールド東京計画の見解書(PDF注意)

この計画が最初に発表されたのは1993年2月のことだそうで、
ちょうどスーパービックリマンが終わった時期と重なるんですよね。
そのため、ロッテワールド東京のアミューズメント施設か何かを立ち上げるために
ビックリマンで成功実績のある反後氏に白羽の矢が立った。
そこで何かしらの形で計画に参加したものの、2000年頃に計画が頓挫
ほどなく商品開発部に戻ってきた博士は、20thAnniversaryを経て「ひかり伝」を立ち上げ。

…これが、きゅー太が”空白の12年”に打ち立てた仮説です。

今はもう跡形もないが、文献の上に浮かび上がったのは、
ある巨大な王国(ロッテワールド東京)の姿……!!

…って

正直、このウワサがどこから出たのか、誰が言い出した話なのか
さっぱりわかっておりません。
もちろん、実際のところどうだったかも不明です。

どこかの書籍かインタビューで語ってたのを見たような気がしなくもないですが、
それも私の記憶違いかもしれないので、結局確かなことは何一つ無いのが実状です。
(どこかで読んだとかこの本に書いてたとか、情報お持ちの方がいたらお知らせ願います)

でももし、本当に反後博士がロッテワールド東京に部分的にでも関与していれば、
開園の際にはコアラのマーチ君やトッポに交じってスーパーゼウスの着ぐるみが
園内をパレードする姿が見られたかもしれませんね。

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